About Us

mission

 

 

外洋パドルスポーツの安全普及を通して、

 

心身ともに海と共に暮らし、ウォーターマン/海人を育て、

 

琉球の海人文化、そして美しい自然環境を綺麗なまま後世へと受け継ぐこと。

 


who we are

荒木汰久治(あらきたくじ)オーシャンアスリート / Kanaka沖縄主宰 1974年熊本生まれ47才

 

世界最高峰の海峡横断レース”モロカイチャレンジ”に計35回の出場を誇る日本スタンドアップパドル(通称”SUP”)界の第一人者。国内ではライフセービングとSUPの二種異競技で全日本選手権を幾度となく優勝してきた。2003年にはじめて沖縄を訪れ移住。大自然に囲まれた沖縄本島北部の海岸に一軒家を建て、海と暮らしながら長男の珠里のトレーニングパートナーを務める。

 

2021年6月、夏至南風(カーチーバイ)に乗って沖縄から与論へ、人力で海を渡る日本初の海峡縦断レース「O2Y」を主催。国境復帰50周年となる来年は海外選手も集い世界選手権として開催する計画。


荒木珠里(あらきしゅり)オーシャンアスリート / 緑風学園中学3年 2006年沖縄生まれ15才。

 

物心つく前から父の影響でSUPで海遊びを始め小学2年から家の目の前の外洋へ漕ぎ出した。オリンピックの金メダリスト、そしてモロカイレースの世界チャンピオンという夢を追いかける中学一年生。


 

幼少期から国内外で様々な戦績を残し、今年2021年7月にSUPワールドPROツアー男子32名の一人に史上最年少で選出された。


 

幼少の頃から天性の才能で、しなやかで力強い漕ぎを習得しており、6年後のロスオリンピックで種目化と言われるSUP競技で金メダル獲得の夢に向かう。


History

ハワイ語で、海を渡る勇士のことをKANAKAと呼びます。

海を渡る勇士 = カナカ伝説


ニライカナイの伝説が眠る琉球諸島、そしてハワイやタヒチを中心とする環太平洋の島々では海こそが生活の舞台であり、強い意志(心)と肉体が試される試練の場でもありました。

父・汰久治はホクレア号の正式な日本人クルーとして2007年ハワイー日本を大航海しました。太陽と月と星を頼りに絶え間なく変化する潮流、風、波と一体になれるか?能率や効率が先走る現代社会に、敢えて非効率な方法で、底が見えない深い海のはてに浮かぶ島に向かって、自分で決めた道を進む。ナビゲーションこそ、まさに”人間力”への挑戦です。

ハワイ伝統航海カヌー「ホクレア」
ハワイ伝統航海カヌー「ホクレア」

琉球の海洋文化を次世代へ

2005年、沖縄〜愛知万博2000km、56日間の航海

2004年7月、沖縄の伝統帆掛け舟”サバニ”を双胴型に組み合わせ、琉球の海人が実際に渡った九州までの航海を再現。翌2005年は愛知で開催された国際博覧会『愛・地球博』までの約2,000kmの海を人力で渡りました。

九州宮崎まではコンパスや海図を持たず古来の航海方法/スターナビゲーションに徹し、九州以降はタンカー船の往来が激しく人力航海が危険な豊後水道・紀伊水道・伊良子水道を伴走船からの曳航に頼りに、キャンプ生活しながら最終目的地の愛知県内海海岸まで56日間かけて無事故で到着しました。この航海に参加した海人仲間(クルー)や、島々で出会った方々との縁は一生の財産です。

Kanaka沖縄主宰荒木はハワイで9年間のクルートレーニングを経て'07年ホクレア号ハワイ〜日本航海へ参加しました。

海人丸はその経験を活かし建造されました。

外洋パドリングスポーツの安全普及への想い

2011年12月、沖縄本島でOC1パドラー遭難死亡事故が発生しました。

2011年12月31日、大晦日。沖縄本島金武湾でOC1パドラーがダウンウインド練習中に遭難し死亡するという悲しい事故がおきました。安全装備(ライフジャケット・ウェットスーツ)も不十分なまま一緒に大荒れの海へ出た他数名のパドラーたちは、沖でいなくなった仲間の存在に気付きませんでした。結果的にスピードが遅い最終尾の選手が漂流しました。この悲しい事故の教訓を活かし二度と悲しい事故が起きないよう外洋パドルレースの運営を6年間継続。そして2020年夏、遂に海峡縦断レース"O2Y"へステップアップしました。

 

2014-2016年、試走会の記録


美しい海と砂浜、この大切な宝物を子供たちに残します。

2016年12月、私たちの目の前の海に米軍オスプレイが墜落

私たちは沖縄本島北部”ヤンバル”の森と、ジュゴンや海亀が暮らす天然の砂浜、美しい海に囲まれる静かな漁村に暮らしています。一昨年、私たちの暮らすこの海に米軍オスプレイが墜落し大破するという悲惨な事故が発生しました。アメリカ軍は大きな破片だけを引き揚げ、海の中には無残な細かい残骸をたくさん残して去っていきました。私たち一家は残された無数の残骸を一つ一つ手で回収しようと清掃活動を始めました。『事故以前より綺麗な海に戻そう。』と家族仲間で励まし合いながら半年間の自主清掃作業を乗り越えました。


5/4 「海を渡るアイランドクロッシング。そこには究極のSUPレースの姿がある。」

雑誌「BLADE」vol.20