Keep paddling project第5章 O2Y報告

O2Y 沖縄〜与論25kmアイランドクロッシング

今回伴走無しだったのでカメラマンはおらず、代わりにGoProで臨場感あふれる記録が残せました。#GoPro #O2Y

Okinawa to Yoron 25km island crossing

date : July 24-25, 2020
athlete : Takuji Araki / Shuri Araki
location : Okinawa, Yoron/ Japan
distance : 25km / 15.53mile
(テロップ日付けは間違いです、申し訳ございません)


荒木珠里メルマガ vol.10(2020年8月27日)

 

『O2Y・沖縄ー与論海峡横断へチャレンジ』

写真:荒木園子

文章:荒木珠里 (荒木珠里後援会 メルマガ vol.10から)


皆さんこんにちは。荒木珠里です。一昨日、8月24日に今年コロナで中止になったM2Oの代わりにO2Yへチャレンジしました。O2Yはお父さんがこれまで長年モロカイレースの実践トレーニングで渡ってきた海域で、僕も昨年M2Oの1ヶ月前の6月末に初めてお父さんに連れられて渡った場所で今年で2度目の挑戦でした。島から島へのアイランドクロッシングはこのO2Yが人生で初めての経験でしたし、海を渡る選手もモロカイのように何百人もいません。広い海に浮かぶのは僕とお父さんの二人だけです。いつも本当に緊張します。

 

スタートは家から1時間半かかる沖縄本島の北端から出航して、沖縄の北にある与論島まで約25kmの海峡横断をFoilでやりました。最初陸では結構風が吹いていて今日は10Mくらいまで上がってくるだろうなと話をしていましたが、いざ出航してみると4-5Mぐらいしか吹かず、(もっと風が強く吹けばその力を使ってテイクオフ/離水できたはずですが)とても難しい波でFoilが浮かず2時間半も漕ぐ羽目に落ちてしまいました。

そして、今回は湾内や沿岸でやるダウンウインドと大きく違うのは、二つ以上の方向からグランドスウェルが押し寄せてくる事です。最初の2時間半は右から東ウネリしかありませんでしたが、その後徐々に左から西ウネリもでてきました。その二つのウネリが重なり三角波ができ始めてから、追い風でできる小さな風波を利用してようやくFoilで浮けるようになってきました。でも二つの大きなウネリを乗り繋いでいく事はそう簡単ではありません。風波合わせて3つの波を見分けることができて始めてFoilで乗り繋げサーフィンできます。そして波に乗れている間はそれだけ体力を温存することができます。お父さんは、それができているので最後までパンプしていけましたが、僕はまだまだ波を見分ける力が足りなくて何回も着水してしまいました。

 

天候の予想が外れFoilが浮かず、予想以上に時間がかかってしまいましたがだんだんと目指していた与論島が近づいてきて、遠くにお母さんや妹たちがかすかに見えてきました。お母さんは僕らに「遅いよー!!」と笑顔で叫んでくれました。タイムは4時間9分38秒で昨年の世界選手権M2Oの時よりも30分も長く洋上にいたことに気付き驚きました。(O2Yは25km、M2Oは52kmです)

今回のO2Yで改めて海峡横断チャレンジには逃げ場が無いことを深く実感しました。昨年のO2Y(沖縄ー与論)の時はNHKの取材船、そしてM2O(モロカイーオアフ)はルールで義務付けられている伴走船がいましたが、今回はそんな船の存在はありません。その分もちろんリスクは高く、炎天下で背中の給水バックの中身が底を付いたらそれでおしまい、体は動かなくなりますし、サメが出ても助けはありません。実際、ゴールまであと5kmというところで水が切れてしまい本当に苦しい思いをしました。熱中症で倒れる可能性もあって恐怖を感じました。本当に命がけの冒険、サバイバルです。お父さんはそれをやることで必ず強くなれる。と常々口にしています。僕も本当にその通りだと思います。リスクと恐怖を感じた分、島にたどり着いた時の感動はとても大きかったです。待っていてくれるお母さんや妹たちと一緒に過ごせることが本当に嬉しかったです。ちょうどコロナでクラスターが発生したばかりの与論島でしたが、僕たちはいつも通りテントでキャンプ生活、朝起きると綺麗な朝焼け空に包まれていました。翌日のフェリーで帰りましたが甲板で受けた風がとても気持ち良く、実際に渡った海の景色と昨日の思い出が重なって、何とも言えない幸福感に満ち溢れました。

 

これからも、僕たちはこのどこまでも続いている海へと漕ぎ出していきます。そして、これからその同じ海へと漕ぎ出していく仲間たちが、少しづつ増えて、感動や幸福感を一緒に味わえたらいいなと思います。冬のオーストラリア遠征、湘南遠征、そして一年間の集大成のM2O/O2Yと、とても良いリズムです。さぁまた気持ちを引き締め、今週から練習再開です!!

 

keep paddling. 荒木珠里(荒木珠里メルマガ vol.10から引用) 


KEEP PADDLING PROJECT.

進むべき道を自分で決断し、継続できる人間力


こんにちは。この度は『keep paddling project第5章』のご報告をさせていただきました。

一昨年、K.P.プロジェクト第1章として珠里は小学6年生で最初のステップ、マウイーモロカイ45kmレースに挑戦しました。その後第2章は競技から冒険へ、奄美大島〜沖縄本島240km冬の荒海を伴走船をつけて人力縦断。そして第3章はいよいよ世界最高峰の海峡横断レースM2Oへ、史上最年少13才(中学一年)で挑み見事完漕しました。第4章はつい昨冬3月、コロナが世界で大爆発する直前のオーストラリア12TowersRace遠征で一般の部3位という大快挙、そして先週末O2Yが第5章となりました。


 

地球と人間の知恵比べは長い経験に裏打ちされた頭脳明晰な判断力と、物事を直感的に感じる野生の勘。失敗や不安、恐怖といったネガティヴな心と向き合う相当な人間力が必要です。

私たちKanaka沖縄は、四方を海に囲まれたこの国で、我が子がのびのびと、逞しく育って欲しいと願いつつ毎年外洋ダウンウインドレースを主宰しています。関係者全員が安全に海を渡ること、海と自分自身への挑戦を継続することが勝敗以上に優先、評価される特別なレースです。通常SUPレースは”コースレース”と呼ばれる回航レースなので途中で道を失い迷うことは先ずありません。その点いつ、何が起きるのかわからない外洋は主催者も参加者も皆が大きなリスクを背負っています。そして最大の挑戦が”ナビゲーション”、潮流や風の変化を感じながらゴールまで自力で進む力が試されます。

 

「自分は一体どこまで進んだのか?そしてどこに向かっているのか?島までこの先後何キロあるのか?」

 

「もしかしたら自分の体力はもたないのではないだろうか?」

 

もし洋上で熱中症になってしまったら、道具が壊れてしまったら、もしサメが襲ってきたら。。私たちは常に最悪の事態を想定しながら深い海に漕ぎ出します。海の上でチャレンジを諦めることは死を意味します。それは日々の練習も本番も何も変わりません。どんな事態が起きてもそれを受け入れる心の準備と、生き抜くために最大の努力を続けるだけ。過酷な状況でも、腐らず、投げ出さず、恐怖に背を向けずに進むべき道を見つけ出し、そしていつの日か偉大な夢を実現する。その力が我々の座右の銘”KEEP PADDLING.”です。

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